神々の伝承

天湯河板挙命

2025年7月20日

天湯河板挙命とは?

  • 日本書紀における表記
    • 天湯河桁命 / 天湯河板挙 /天湯川田奈命 / 天湯川田神

登場文献

  • 日本書記「垂仁天皇」の段
    • 「鳥取造」

      廿三年秋九月丙寅朔丁卯 詔群卿曰「譽津別王 是生年既卅 髯鬚八掬 猶泣如兒 常不言 何由矣」因有司而議之 冬十月乙丑朔壬申 天皇立於大殿前 譽津別皇子侍之 時有鳴鵠 度大虛 皇子仰觀鵠曰「是何物耶」天皇則知皇子見鵠得言而喜之 詔左右曰「誰能捕是鳥獻之」於是 鳥取造祖天湯河板舉奏言「臣必捕而獻」卽天皇勅湯河板舉板舉 此云拕儺)曰「汝獻是鳥 必敦賞矣」時湯河板舉 遠望鵠飛之方 追尋詣出雲而捕獲 或曰 得于但馬国
      十一月甲午朔乙未 湯河板舉 獻鵠也 譽津別命 弄是鵠 遂得言語 由是 以敦賞湯河板舉 則賜姓而曰鳥取造 因亦定鳥取部、鳥養部、譽津部

天湯河板挙命の伝承

垂仁天皇の皇子「譽津別命」は大人になっても言葉を話す事が出来なかったとされていますが、ある日「鵠(白鳥)」を見ると「あれは何だ」と言葉を発し、これを見た垂仁天皇が「鵠」を捕まえる様に勅命を発します。この勅命を受けたのが「天湯河板挙」になります。
鵠を捕まえに向かった天湯河板挙は出雲国(一説では但馬国)で捕まえる事に成功し、天皇に鵠を献上しています。譽津別命は鵠を飼う事で言葉を話す事が出来るようになり、天湯河板挙は垂仁天皇より鳥取造の姓を授かり、これと同時に鳥取部・鳥養部・誉津部が設けられています。

ある伝承では、姓を授かったと共に和泉国南部の一地方が与えられたという。この場所は大阪市阪南市周辺であるとされ、現在この地には天湯河板挙命が祖である角凝命を祀った事が創始であるとする「波太神社」が鎮座しています。

 当サイトでは、古事記の現代語訳を行うにあたって、「新潮日本古典集成 古事記 西宮一民校注」を非常に参考させて頂いています。原文は載っていないのですが、歴史的仮名遣いに翻訳されている訳文とさらに色々な注釈が載っていて、古事記を読み進めるにあたって非常に参考になる一冊だと思います。

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神々のデータ

神名天湯河板挙命
神祇人神
別称天湯河板挙、天湯川田奈命、天湯川田神
配偶
末裔鳥取連、山城国鳥取連、河内国美怒連、河内国鳥取、和泉国鳥取
備考

天湯河板挙命を祀る神社

  • 川田神社
    • 滋賀県甲賀市水口町北内貴四九〇番地
      延喜式神名帳:近江国甲賀郡 川田神社二坐(名神大)
  • 天湯川田神社
    • 大阪府柏原市高井田八十九番地
      延喜式神名帳:河内国大縣郡 天湯川田神社

まとめ

古事記でも同様の逸話が記されているが、こちらに登場のは「山辺大鶙」となっていて、鵠を捕らえるために諸国をめぐり、捕まえてもそれで皇子の症状が良くなったわけではなく、天皇の夢のお告げで出雲大社の社を修理するなどしてやっと皇子が言葉を話せるようになっています。話の流れから天湯河板挙命と山辺大鶙は同一視する事が出来るかと思われます。

 日本書紀を読んでいくにあったって、原文は漢文で書かれているので非常に読み込むのが困難なので、現代語訳されている本が一冊あると助かるかと思います。当サイトでは、戦前から日本書記の翻訳本として有名な岩波文庫の日本書記を非常に参考にさせて頂いています。

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