
神社情報
| 神社名 | 天湯川田神社 |
| 鎮座地 | 大阪府柏原市高井田八十九番地 |
| 御祭神 | 天湯河棚命 天児屋根命 大日霊貴命 |
| 創 建 | 伝:景行天皇十九年九月 |
| 社格等 | 村社 |
| 神名帳 | 延喜式神名帳:河内国大縣郡 天湯川田神社 |
| 文化財 | ー |
| 例大祭 | 10月17日に近い日曜日 |
| 境内社 | 若宮神社 古野神社 平戸神社 山王神社 |
| URL | ー |
| 御朱印 | ー |
| 参拝日:2025-06-07 |
御由緒
社伝では景行天皇十九年の創建だとしています。垂仁天皇の御代に、誉津別命が「鵠(白鳥)」を見た時に言葉を発した事から垂仁天皇より鵠を捕まえる様に命ぜられた「天湯河棚命」は無事鵠を捕まえ献上し天皇より「連」を与えられ「鳥取連」の始祖とされ、その子孫が河内国のこの地に始祖である天湯河棚命を祀ったものと考えられているそうです。天湯川田神社が鎮座するこの地は、鳥取氏の領地だったとも考えられており、境内から発見された古代寺院の塔跡は聖武・孝謙天皇が巡拝した「河内六寺」の一つ「鳥坂寺」のものであり、鳥取氏の氏寺として建立されたのではと考えられているんだとか。鳥坂寺自体は十世紀ごろには廃寺となってしまった様ですが、発掘調査により「鳥坂寺」と書かれた陶器が見つかった事からその存在は確実視されています。
御祭神
- 天湯河棚命
- 天児屋根命
- 大日霊貴命
御祭神
本殿 天湯川桁命
東の相殿 天児屋根命
西の相殿 大日霊貴命
御鎮座
第十二代景行天皇十九年九月(西暦90年)に勅命により祭祀されたと伝えられている。
祭日 七月十七日・十月十碑知日
天湯川桁命
第十一代垂仁天皇の皇子誉津別命は、壮年になっても言葉を話す事ができなかった。ある日、大空を飛ぶ鵠をみて、言葉を話し鳥の名を尋ねられた。天皇は天湯川桁命にこの鵠の捕獲を命じられた。
天湯川桁命は鵠の飛び去った方向を尋ね、遠く因幡の国(鳥取県)にて雌を捕らえ、また出雲国(島根県)にて雄を捕らえて、献上した。
皇子は鵠を大切に可愛がり、以後言葉をよく話すようになった。天皇は天湯川桁命の功績を賞し、鳥取の連(姓のこと)を賜った。
参拝記
JR西日本の大和路線と近鉄の大阪線の路線に挟まれた場所に今回参拝する天湯川田神社は鎮座しています。鉄道路線と並行するように流れる大和川は飛鳥時代では時の都が置かれる事が多かった明日香に繋がっており、非常に重要な交通の要所に鎮座している事がわかります。
境内入口

天湯川田神社の境内は高井田公園としても整備されており、入口に式内と合わせて彫られた社号標が据えられていますが、神社としての参道の雰囲気はかなり薄いかなって感じです。

石段の参道が境内に向かって伸びています。
鳥居

石段を登りきると、石造明神鳥居が据えられています。鳥居の先には「鵠」の石像が置かれている辺りに天湯河棚命所縁の神社であることを示しています。
狛犬

施された彩色がまだ鮮やかさを保っている浪花型狛犬一対になります。なかなか立派な歯並びをしていますな。
社殿

入母屋造銅板葺平入のコンクリート造りの拝殿を有する社殿になります。写真には写っていないのですが、本殿の朱塗りも非常に色鮮やかとなっており、狛犬と合わせて近年造営工事が行われた感じがします。
境内社

境内一角に鎮座する境内社になります。
地図で鎮座地を確認
| 神社名 | 天湯川田神社 |
| 鎮座地 | 大阪府柏原市高井田八十九番地 |
| 最寄駅 | 鉄道:JR西日本大和路線「高井田駅」徒歩12分 :近鉄大阪線「安堂駅」徒歩19分 |
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