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川俣神社(三重県亀山市加太板屋)延喜式内社 論社

2026年1月18日

神社情報

神社名川俣神社
鎮座地三重県亀山市加太板屋五四七〇番地
御祭神大比古命
神武天皇
仁徳天皇
品陀和気命
豊受姫命
大日孁貴尊
創 建不詳
社格等村社
神名帳延喜式神名帳 伊勢国鈴鹿郡 川俣神社
文化財亀山市指定史跡:川俣神社
亀山市天然記念物:川俣神社社叢
例大祭七月第一日曜日
境内社相殿
URL
御朱印
参拝日:2026-01-10

御由緒

詳細は不詳。
元々は中在家に鎮座していたが、度々の洪水により現在の境内地に遷座したという。(中在家の舊社地には石碑が立っています。)
貞享年中(1684-88年)に加太城主:鹿伏兎家の家臣、坂宮内少輔の子孫である坂氏が梶ヶ坂に奉斎した平野大神(御祭神:神武天皇、仁徳天皇)を合祀した。

明治四年、村社に列格。
明治四十年十二月二十一日、村内各地に鎮座する無格社のうち四十二社が川俣神社に合祀された。
・字上ノ垣内 他二十三ヶ所鎮座:山神社
・字中在家鎮座:須賀社
・字神武 他三ヶ所鎮座:愛宕社
・字東谷 他二ヶ所鎮座:浅間社
・字滝ヶ鼻鎮座:社後神社
・字中組 他3ヵ所 鎮座:津島社
・字南平地鎮座:稲荷社
・字嶋之河原鎮座:村社 若宮八幡社(境内社:市杵嶋社、稲荷社)
・字東墓:無格社 大嶽八幡宮
明治四十一年一月十日、字見当鎮座:無格社 神明社を合祀

亀山市白木町に鎮座する白川神社の由緒に「加太の川俣神社に合祀されたが昭和二十三年に分祀復社した。」と記され紹介されているのですが、色々な郷土誌などを参照してもそういった事は書かれておらず、たぶんHPページの作成の際に別の神社の由緒と混同してしまったのではと思っているのですが・・・。

川俣城

 川俣神社が鎮座する場所は元々室町時代この地を領していた「鹿伏兎氏」が築いた「御霊ヶ丘陣屋」跡地になります。南北朝時代の応永六年(1399年)に勃発した応永の乱で敗れた佐々木満喬と楠木正盛がと共に鹿伏兎城三代城主「鹿伏兎忠賀」を頼り、この御霊ヶ丘陣屋に拠ったとされ、応永十九年(1412年)には内堀を掘るなどの城郭の拡張が行われ、応永二十一年(1414年)に伊勢国司である「北畠満雅」によって検分が行われ「川俣城」と改称したそうです。

城郭名川俣城
御霊ヶ丘陣屋
築城時期不詳(城郭整備:応永十九年(1412年))
歴代城主鹿伏兎氏、佐々木満喬
廃城時期天正十一年(1583年)

御祭神

  • 大比古命
  • 神武天皇
  • 仁徳天皇
  • 品陀和気命
  • 豊受姫命
  • 大日孁貴尊

大比古命とは

第八代孝元天皇の第一皇子であり、第十代崇神天皇の御代に大和朝廷の勢力拡大のために各地に送られた「四道将軍」に名を連ね、北陸方面に遣わされたという。
伊賀国一之宮である敢国神社(伊賀市)は、大比古命を御祭神とし、鎮座する場所は大比古命を祖とする「阿閉臣(阿敢臣)」の勢力地だったとされ、神社近くにある「御墓山古墳」は大比古命の陵墓であると伝えている。

 阿閉臣(氏)と加太地域に何らかの関係があり、阿閉臣の祖である大比古命を御祭神とする神社が創建されたのでしょうか。

参拝記

 東海道関宿から分岐し加太峠を超えて伊賀国にぬける「大和街道(現在は国道25号線)」に設けられた加太宿の本陣跡近くに鎮座しているのが今回紹介する川俣神社になります。

 国道に沿うような形で神社の境内があるようで、その東端部分に延喜式内社を示す「式内」が合わせて彫られた社号標が据えられています。その手前に小さいですが「川俣城址」の石碑も据えられています。

 明神鳥居による一の鳥居になります。ここからNTTの基地局と畑の間を参道が境内に向けて伸びています。

 参道を進むと石造灯篭一対と明神鳥居の二の鳥居が見えてきます。ここから鎮守の杜を超えて境内が見えてくるかな?って思っていたのですが・・・。

 鳥居をくぐると、なぜか下りの石段が伸びていて眼下にはこんな風景が広がっています。後で気付いたのですがここは川俣城時代の堀部分になるっぽいです。城址を神社の境内にする場合、壕に土橋を設けるなど壕に降りない様にしていると思うのですが、こうして壕全体を境内に組み入れている神社って正直記憶にないですね。

 瓦葺妻入りの手水舎になります。この手水舎なんですが水盤に水をためる様式ではなく・・・

 たぶん湧き水だと思うのですが、井戸の様な様式で竹で造られた柄杓を使って手水をするようになっていました。これも中々珍しい様式なのでは?

 手水を終えると、三の鳥居から境内に向かう昇りの石段が続いています。

 石段を登った先には四の鳥居が据えられていて、その先に境内が広がっています。

 社殿はさらに一段高い場所に鎮座しており、石段の先に五の鳥居、石造灯篭一対、狛犬一対が据えられています。その手前の樹はしだれ桜のようです。桜の季節は中々の撮影スポットになりそうな感じですね。

 切妻瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。水盤と井戸が設けられているタイプになります。先ほどの手水舎といい、この井戸といい、近くに川俣の地名の語源となったとされる「加太川」とその支流が流れている事から地下水が豊富なのでしょうか。

 石造狛犬一対になります。全体の彫の深さから明治後半から大正期頃の生まれかなと思うのですが・・。

 入母屋造瓦葺平入の濡縁が設けられた拝殿を有する社殿になります。この拝殿の建築様式は、愛知県岡崎市出身の自分にとっては非常になじみのある外観となっていて、なんだか落ち着く感じがします。

 境内社になります。詳細は不明ですが、合祀された神社の神々が祀られた相殿になっているのではないかと思います。

地図で鎮座地を確認

神社名川俣神社
鎮座地三重県亀山市加太板屋五四七〇番地
最寄駅鉄 道:JR西日本 関西本線「加太駅」徒歩37分
バ ス:亀山市コミュニティーバス「板谷バス停」徒歩3分

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