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須佐之男神社(三重県亀山市川合町)

神社情報

神社名須佐之男神社
鎮座地三重県亀山市川合町一二八番地一号
御祭神建速須佐之男命

配祀神
菊理比売命、火之迦具土命、木花開耶比売命、大山津見命、速山津見命
創 建昭和二十六年
社格等
神名帳
文化財
例大祭不明
境内社
URL
御朱印
参拝日:2026-01-31

御由緒

 明治四十一年六月、明治政府による神社合祀令によって鈴鹿郡井田川村の各地に鎮座する神社を大字和泉に鎮座する川俣神社に合祀され、川合地区に鎮座する須佐之男神社も同様に合祀された。しかし、太平洋戦争終戦によりそれまでの国による神社管理(国家神道)体制が終結し、川合地区の氏子の熱意により昭和二十二年に現在の地に分祀、現在の地に仮宮を造り遷座された。昭和五十三年、社殿を始めとする神社構造物を造営し、遷座した。

井田川村

明治二十二年に海善寺村、川合村、小田村、西富田村、中富田村、和泉村、和田村・井尻村の大部分が合併して”井田川村”が発足し、若一大神社が鎮座する場所は旧海善寺村に位置しています。そして、明治四十一年、井田川村各地に鎮座していた神社を大字和泉に鎮座する川俣神社に合祀しています。

 昭和二十九年十月一日、井田川村、亀山町、昼生村、川崎村、野登村が合併し亀山市が発足しますが、同年十二月一日、井田川村を構成していた旧小田村、和泉村、西富田町、中富田町の区域が鈴鹿市に編入されています。

 旧井田川村は現在の亀山市と鈴鹿市に分割されていますが、川俣神社に合祀された神社も各地区ごとに分祀創建されているようです。

  • 海善寺村:若一大神社(亀山市)※昭和二十六年創建
  • 川合村:須佐之男神社(亀山市)※昭和二十六年創建
  • 小田村:大御寶神社(鈴鹿市)※昭和二十六年創建
  • 西富田村:川俣神社(鈴鹿市)※昭和二十六年創建
  • 中富田村:川俣神社(鈴鹿市)※昭和二十六年創建
  • 和泉村:川俣神社(鈴鹿市)
  • 和田村:和多神社(亀山市)※昭和二十六年創建
  • 井尻村:神明社(亀山市)※昭和二十六年創建

御祭神

  • 建速須佐之男命

配祀神

  • 菊理比売命
  • 火之迦具土命
  • 木花開耶比売命
  • 大山津見命
  • 速山津見命

須佐之男神社の境内には元々白山神社が鎮座していたそうです。菊理比売命は白山神社、火之迦具土命は秋葉社or愛宕社、木花開耶比売命は富士浅間神社、大山津見命・速山津見命は山神社の御祭神になるかと思います。

参拝記

 須佐之男神社は住宅地の真ん中に鎮座しており、非常にわかりにくい場所になっています。さらに周辺の道路は非常に狭い為、車での参拝の際は邪魔にならない場所を見つけて徒歩で向かうのが良いかと思われます。

植木に遮られてしまっていますが須佐之男神社の社号表になります。この社号表周辺が少し開けているのですがここに車を止めていいのかよくわからないので駐車される際は自己責任でお願いします。

 幟立石(幟ポール設置型)と石造神明鳥居が据えられている境内入り口になります。

 切妻同板葺木造四本柱タイプの手水舎になります。逆光でいまいち見え難くて申し訳ないです。

 昭和後期から平成期の生まれと思われる狛犬一対になります。この狛犬の姿は非常に見慣れたお姿だというのもあって・・・多分・・・岡崎型と呼ばれる狛犬だと思うんです。

 入母屋造瓦葺平入の入母屋破風による向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。何社か既に亀山市内に鎮座する神社を紹介してきていますが、この建築様式の拝殿をよく目にします。亀山市街に鎮座する神社ではこの様式の建築様式が標準仕様っぽい感じがします。

地図で鎮座地を確認

神社名須佐之男神社
鎮座地三重県亀山市川合町一二八番地一号
最寄駅鉄 道:JR東海 関西本線「井田川駅」徒歩18分
バ ス:

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