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耳常神社(三重県四日市市下之宮町)延喜式内社(論社)

2025年12月28日

神社情報

神社名耳常神社
鎮座地三重県四日市市下之宮町三一九番地
御祭神神八井耳命
建御雷之男神
斎主神
天児屋根命
姫神
神沼河耳尊
大山祇命
創 建不詳
社格等村社
神名帳延喜式神名帳 伊勢国朝明郡 耳常神社
文化財三重県指定有形文化財:木造神像 男神女神坐像一軀 女神坐像一軀 神像二軀
例大祭九月第二日曜日
境内社
URL
御朱印
参拝日:2025-5-10

御由緒

創建は不詳となっています。

令和三年に三重県有形文化財に指定された耳常神社所有の「木造神像 男神女神坐像二軀 女神坐像一軀 神像二軀」のうち、男神女神坐像二軀と神像二軀は平安時代に作成された神像であると推測されており、この神像を所有する耳常神社もかなりの古社であると推測することができます。

御祭神である「神八井耳命」の後裔とされる船木氏がこの地に置いて祭式を司ってきたが寛永年中の頃に二家に分かれ、船木孫右衛門が広永の川嶋大明神を、船木吉兵衛が下之宮の春日大明神とそれぞれ奉斎し。その後どういった理由かは不明ですが両社の奉斎する神社が入れ替わり、孫右衛門は春日大明神の西脇に邸宅を構えた事から「西脇」と称するようになったと西脇家の古記に記されています。

  • 川嶋大明神:延喜式内社 耳利神社
  • 春日大明神:延喜式内社 耳常神社

であると「神社検禄」に記されています。

明治六年、村社に列格
明治四十一年、耳利神社を合祀

時代不詳創建
寛永年中神職であった船木氏が二家に分かれ「上之宮:広永の耳利神社」と「下之宮:耳常神社」をそれぞれ奉斎する事になる
明治六年村社に列格
明治四十一年境内社の山神社(御祭神:大山祇神)と村社:耳利神社(御祭神:神沼河耳命、建御雷之男神、斎主神、天児屋根命、姫神)を合祀

創建年代は不明ですが、ご神体は平安時代の穏やかな造形が読み取れる木造男神坐像と、木造女神坐像の二体が祀られておりますとても古い神社です。
 江戸時代「春日大明神」と称して奉祀されていました。
 祭神、神八井耳命の後裔で、伊勢船木氏の子孫西脇氏が代々この神社の神主として守ってきました。
 かつては、広永町にあった延喜式内社耳利神社(みみとし神社)祭神 神沼河耳命(かみぬなかわみみのみこと)を上社・上之宮と呼んだのに対して、この地にある耳常神社を下社・下之宮と呼んでいたのが地名の由来です。
 明治41年(1908)、境内社山神 村社「耳利神社」を合祀。
 尚、配祀、末社については石碑に刻まれています。

境内掲示板より

延喜式内 耳常神社
神八井耳命:神武天皇第二皇子、武雷命、斎主命
相殿
天兒屋根命
姫大神

延喜式内 耳利神社
神沼河耳命:神武天皇第三皇子
大年神:天照大神の弟神

末社
大山祇命 天照大神の兄神

境内石碑より

御祭神

  • 神八井耳命

神八井耳命とは?

初代神武天皇の皇子で二代天皇「綏靖天皇」の同母兄とされる。多氏の祖であるとされ、耳常神社の神職であった船木氏、その後裔である西脇氏も多氏の流れを汲んでいるとされています。

日本書紀では、神武天皇崩御後、皇位につこうとする異母兄である「手研耳命」は弟である神八井耳命・神渟名川耳尊(綏靖天皇)兄弟の殺害を企てるが、その陰謀を察知した兄弟が手研耳命を襲い討った。この時、神八井耳命は手足が震えて矢を射ることができず、代わりに神渟名川耳尊が矢を射り討ち取ったとしています。この時の矢を放つことが出来なかったという失態により、皇位は弟に譲り、手研耳命は神祇を掌り、綏靖天皇四年四月に薨去したと記しています。

  • 建御雷之男神
  • 斎主神
  • 天児屋根命
  • 姫神
  • 神沼河耳命
  • 大山祇命

神沼河耳尊とは?

古事記に記されている二代綏靖天皇の和風諡号。同母兄に「神八井耳命」と古事記のみに登場する「日子八井命」がいる。

参拝記

 「久留倍官衛遺跡」の東方に位置する住宅地の真ん中に鎮座しているのが今回紹介する「耳常神社」になります。これといった目印が周辺に見当たらない住宅地の真ん中に鎮座している為、地図を睨みながら向かう事になるかと思いますが、周辺に車を停めるスペースが皆無な為、車で向かう際は駐車場を確保する事が先決になるかと思います。

住宅地の真ん中に鎮座している神社なので境内は比較的コンパクトな感じなのですが、しっかりと鎮守の杜が生い茂っており周辺では重要な緑地となっています。

境内入口には、近代化改装された幟立石一対、石太鼓橋、一灯籠一対、石造神明鳥が据えられています。ステンレス製の幟ポールを設置する際に幟立石を再利用しているタイプになります。結構幟立石と鉄製幟ポールのコラボタイプは神社は自分が巡ってきた神社でも改装工事の際採用する神社が多い気がします。

 延喜式内社である耳常神社と耳利神社が併記している社号標。このタイプの社号標は長倉神社でも見かけました。

 旧社格である村社と延喜式内が合わせて彫られた社号標になります。

 切妻瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。柱間の上下に梁が設けられていてしっかりとした構造になっているかと思います。

 子乗り・玉乗りの石造狛犬一対になります。こちらの神社の狛犬は「岡崎型」の様です。岡崎型の岡崎は愛知県岡崎市で発案された狛犬の姿だそうで、石工が盛んな岡崎市産の狛犬が全国に旅立っていった事からこの姿の狛犬が全国で見られるようになって「量産型」とも言われる程なんだとか。

木造切妻造瓦葺平入の拝殿を有する社殿になります。本殿は瑞垣に囲まれ覆殿の中に鎮座しています。ここ耳常神社の拝殿も向拝部分が半間分外壁が内側に入り込んだ造りになっています。この拝殿は三重県ではスタンダードなのかな。今後もこの様式の拝殿を見かける事が多ければ”三重式拝殿"と称してもいいかも?

地図で鎮座地を確認

神社名耳常神社
鎮座地三重県四日市市下之宮町三一九番地
最寄駅鉄 道:三岐鉄道北勢線「大矢知駅」徒歩17分
バ ス:

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