日本書紀を読む

巻第六 垂仁天皇|狹穗彦王と狭穂姫の謀叛

2025年4月13日

日本書紀とは?

 養老四年(720年)に完成したとする日本最古の正史である「日本書紀」(やまとぶみ・にほんしょき)になります。ほぼ同時期に造られたという「古事記」と何かと対比されがちな傾向にあります。先にも述べましたが、「日本書紀」は正史として国内外に発信すべく造られた書であり、「古事記」は物語調でもあり国内に向けて天皇の正統性を発信する書であり、編纂目的は大きく異なっています。こうして異なった目的で編纂されたこともあり、古事記は物語調という事もあり非常に読みやすい書であるのに対し、日本書紀は年代を追って書く編年体を取っていて正直呼んでも面白くは・・・・。
 同時期に編纂されたこともあり、物語の冒頭から巻末までの範囲はほぼ同じなわけで、古事記と日本書紀を読み比べていくと飛鳥時代から奈良時代にかけての日本のあり様が見えてくるのではないでしょうか。

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狹穗彦王と狭穂姫の謀叛

本文

四年秋九月丙戌朔戊申 皇后母兄狹穗彦王謀反欲危社稷 因伺皇后之燕居而語之曰 汝孰愛兄與夫焉 於是 皇后不知所問之意趣 輙對曰 愛兄也 則誂皇后曰 夫以色事人 色衰寵緩 今天下多佳人 各遞進求寵 豈永得恃色乎 是以冀吾登鴻祚 必與與汝照臨天下 則高枕而永終百年 亦不快乎 願爲我弑天皇 仍取匕首 授皇后曰 是匕首佩中 當天皇之寢 廼刺頚而弑焉 皇后於是心裏兢戰不知所如 然視兄王之志 便不可得諌 故受其匕首 獨無所藏 以著衣中 遂有諌兄之情歟
五年冬十月己卯朔 天皇幸來目 居於高宮 時天皇枕皇后膝而晝寢 於是 皇后既無成事 而空思之 兄王所謀 適是時也 即眼涙流之落帝面 天皇則寤之 語皇后曰 朕今日夢矣 錦色小蛇 繞于朕頚 復大雨從狹穗發而來之濡面 是何祥也 皇后則知不得匿謀 而悚恐伏地 曲上兄王之反状 因以奏曰 妾不能違兄王之志 亦不得背天皇之恩 告言則亡兄王 不言則傾社稷 是以一則以懼 一則以悲 俯仰喉咽 進退而血泣 日夜懷悒 無所訴言 唯今日也 天皇枕妾膝而寢之 於是 妾一思矣 若有狂婦成兄志者 適遇是時不勞以成功乎 茲意未竟 眼涕自流 則擧袖拭涕 從袖溢之沾帝面 故今日夢也 必是事應焉 錦色小蛇則授妾匕首也 大雨忽發則妾眼涙也 天皇謂皇后曰 是非汝罪也
即發近縣卒 命上毛野君遠祖八綱田 令撃狹穗彦 時狹穗彦與師距之 忽積稻作城 其堅不可破 此謂稻城也 踰月不降 於是皇后悲之曰 吾雖皇后 既亡兄王 何以面目莅天下耶 則抱王子譽津別命 而入之於兄王稻城 天皇更益軍衆 悉圍其城 即勅城中曰 急出皇后與皇子 然不出矣 則將軍八綱田放火焚其城 於焉皇后令懷抱皇子 踰城上而出之 因以奏請曰 妾始所以逃入兄城 若有因妾子免兄罪乎 今不得免乃知妾有罪 何得面縛 自經而死耳 唯妾雖死之 敢勿忘天皇之恩 願妾所掌後宮之事 宜授好仇 丹波國有五婦人 志並貞潔 是丹波道主王之女也〈道主王者。稚日本根子太日日天皇之孫 彦坐王子也 一云 彦湯産隅王之子也〉當納掖庭以盈後宮之數 天皇聽矣 時火興城崩 軍衆悉走 狹穗彦與妹共死于城中 天皇於是美將軍八綱田之功 號其名謂倭日向武日向彦八綱田也

  • 佳人:かおよきひと・・美人という意
  • 匕首:あいくち・・短刀の事

現代語訳

垂仁天皇四年秋九月二十三日、皇后の兄である狭穂彦王さほひこのみこは、謀叛を企てて国を我が物にしようとした。皇后が家で休んでいる時に狭穂彦王が訪れ、皇后に「兄である私と夫とどちらが大切か。」と尋ねた。皇后は言っている意味が解らず「兄が大切です。」と答えた。狭穂彦王は「容姿を以て仕えるという事は、容姿が衰えたら天皇からの寵愛は無くなってしまうだろう。今、この天下には美人が多く、それぞれが天皇からの寵愛を求めている。どうして容姿だけに頼る事ができようか。もし自分が皇位につけば、お前と天下を治める事ができるだろう。枕を高くして百年過ごす事ができるのは悪い事ではない。私の為に天皇を殺してくれ。」そして匕首あいくちを授け「これを衣の中に忍ばせて、天皇が寝た時に首を刺して殺せ。」と言った。皇后は心底恐れ慄いたがどうしていいか分からなかったが、兄の決意を見ると簡単には諫める事ができないと感じ、匕首を受け取ったが、隠す場所もなく仕方なく衣の中に忍ばせた。最後まで兄を諫めようと思っていたが、結局できなかった。

垂仁天皇冬十月一日、天皇は来目に行幸され、高宮におられる時に皇后の膝を枕に昼寝をされた。皇后は「兄王の野望を実現するのはまさにこの時。」と思ったが、涙が流れて御面に落ちた為、天皇は目を覚まされ皇后に「銀色の小さな蛇が我が頸椎に纏わりつき、雨が狭穂の方から降り始め我が顔を濡らすという夢を見たのだが、これは何かの予兆であろうか」と語った。皇后は兄の謀を隠す事は出来ないと悟り、畏まって地に伏せ、兄の謀叛を申し上げた。「私は兄の野望に逆らう事が出来ず、また君の恩寵に背く事も出来ません。告白すれば兄を殺す事になり、沈黙すれば国を傾けてしまう事になります。それで恐れと悲しみの為、天に向かい咽び泣き、血涙を流し、昼夜苦悩し、ついに申し上げる事ができませんでした。君が今日私の膝を枕に休まれた事は、もし狂った女が兄の野望の為と事を起こそうとすれば容易に成功したでしょう。しかし、私の心は定まっておらず、自然に涙が流れ、涙を払った袖から涙がこぼれ落ち君の顔を濡らしてしまいました。夢でご覧になった事はまさにこの事でしょう。錦の小蛇は預かった匕首であり、降った雨は私の涙でしょう。」と。天皇は皇后に「これはお前の罪ではない。」と言った。

天皇は近辺の兵を送り、上毛野の君の祖である八綱田やつたなに命じ狭穂彦を攻めさせた。狭穂彦は蜂起しこれを防ぎ、すぐさま稲束を積み重ねて城とし、これを中々討破る事ができなかったことから稲城いなきといい、月が変わっても攻め落とす事が出来なかった。皇后はこの争いを悲しみ、「私は皇后ですが、これで兄を持ち、どのような顔で天下に臨むことができようか。」と言い、皇子である誉津別命ほむつわけのみことを抱き、兄王がいる稲城の中に入っていった。天皇は軍勢を増やし、稲城を取り囲み、「速やかに皇后と皇子を引き渡せ。」と詔を発したが出てくることは無く、八綱田は城に火を放った。ここで皇后は御子を抱いて城壁の上に立ち、「私が兄の城に逃げ込んだのは、私と子の為に兄の罪が許されるのではないかと考えたからであり、こうなってしまい許される事が無い事を知った今では罪の一端が私にもある事がわかりました。捕らえられるくらいなら自ら命を絶つのみです。ただ、私は死んでも君の御恩を決して忘れません。私がいた後宮の事は丹波国にいる貞潔である丹波道主の五人の娘にさせて下さい。(道主王は稚日本根子太日日わかやまとねこおほひひ天皇の孫にあたり、彦坐王子ひこいますのみこの御子になります。あるいは、彦湯産隅王ひこゆむすみのみこの御子とも言われています。)後宮に入れて后宮の数を満たしてください。」と述べ、天皇もこれを聞き入れた。火は激しく燃え盛り城は焼け崩れ狭穂彦の軍勢は逃げ去り、狭穂彦と妹は城内で死亡した。天皇は八綱田の軍功を褒め、倭日向武日向彦八綱田やまとひむかたけひむかひこやつなたの名を授けた。

登場した人々

  • 垂仁天皇
  • 狭穂姫
    • 記紀に登場 古事記では沙本毘売命、または佐波遅比売命と表記
    • 九代開化天皇の皇子「彦坐王」の子 母は沙本之大闇見戸売
    • 春を司る「佐保姫」との関連性を指摘されている。平城京の東側にある佐保地区(現在の奈良市法蓮町周辺)にある佐保山に宿る佐保姫を春の女神とするようになった。佐保山周辺における狭穂姫伝説と王宮の東側に春の神が宿るという五行説が融合したのだろうと思われます。ちなみに春の佐保姫、夏の筒姫、秋の竜田姫、冬の宇津田姫という四季を司る四女神がおり、それぞれが平城宮から東西南北に由来した名前だろうと思われます。
  • 狹穗彦王
    • 記紀に登場 古事記では沙本毘古王と表記
    • 九代開化天皇の皇子「彦坐王」の子 母は沙本之大闇見戸売
  • 八綱田
    • 古事記には登場せず
    • 十代崇神天皇の皇子「豊城入彦命」の子で、上毛野君の祖
    • 延喜式内社である大和国添上郡鎮座の大和日向神社について、明治八年に奈良県に提出された春日関係式内の「神社取調書」によると「春日神社末社 大和日向神社 一、祭神不詳大和志云祭神八綱田命、所在不詳、或曰春日山頂浮雲宮云々とあり。・・・」と御祭神にその名前を見る事ができます。

まとめ

 垂仁天皇の御代に起こった、平城京の北側にいちする「佐保」地区を治めていた豪族がヤマト朝廷に対し反旗を翻し皇位を簒奪しようとした大規模な内乱を描いていると考えられている部分になります。古事記にも同様の事が描かれている事からかなり大きな武力衝突が行われたんだと思います。初代神武天皇から九代開化天皇までは実在性がほぼ皆無であるとも言われていますが、仮説ではありますが、奈良県葛城地方を拠点とした「葛城王朝」が十代崇神天皇によって滅ぼされたという王朝交代説も存在しています。この仮説から考えると、狭穂彦王と狭穂姫は九代開化天皇の孫にあたる存在で、前王朝の血統なわけです。十一代垂仁天皇は崇神天皇の皇子である事から、前王朝と現王朝の権力争いが行われていたと見る事ができるようです。

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 日本書紀を読んでいくにあったって、原文は漢文で書かれているので非常に読み込むのが困難なので、現代語訳されている本が一冊あると助かるかと思います。当サイトでは、戦前から日本書記の翻訳本として有名な岩波文庫の日本書記を非常に参考にさせて頂いています。

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