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古事記・日本書記を読み解き、社寺・史跡を巡る

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2025/1/1

伊邪那岐・伊邪那美|伊邪那岐、黄泉国を脱出する

伊邪那岐は黄泉の国にて伊邪那美の禁忌を破り、その遺体を見てしまいます。自らの死を強く意識した伊邪那岐は黄泉の国を脱する為現つ国に向かって逃げていきます。一方禁忌を破られ辱めをうけた伊邪那美は伊邪那岐を捕まえる為に追っ手を差し向けますが・・・。

2025/1/1

佐柿国吉城(福井県三方郡若狭町)続名城100選139番

若狭国主「武田氏」の家臣「粟屋勝久」が築いた山城になります。永禄六年より六年間にわたり若狭に侵攻してきた朝倉軍を撃退してきた難攻不落として知られる城になります。粟屋勝久は朝倉氏と抗争のなか、国吉城に織田信長を宿泊させることで織田信長に与した事で、織田家臣団に組み込まれていく事になります。

2025/1/1

御方神社(福井県三方上中郡若狭町)延喜式内社

三方石観世音堂へ向かう道沿いに鎮座する式内社「御方神社」の紹介です。元々はJR西日本の三方駅近くに鎮座していたとも言われ、時期は不詳ですが現在の境内地に遷座したようです。その位置関係から、石観世音堂または臥龍院と関りがあった神社なのかも?

2025/1/1

大悲山三方石観世音堂(福井県三方上中郡若狭町)北陸観音霊場七番札所/若狭観音特別霊場札所

弘法大師が巨大な花崗岩に一夜で刻んだとされる石観音像を祀る三方石観世音堂になります。この観音像は手足の病に御利益があると伝えられ、福井県の有形民俗文化財に指定されている「手形・足形」の奉納が有名な寺院になります。また、北陸観音霊場、若狭観音霊場の札所にもなっています。

2025/1/1

宇波西神社(福井県三方上中郡若狭町) 延喜式内社

福井県三方上中郡若狭町に鎮座する延喜式内社でる「宇波西神社」の紹介になります。御祭神は初代神武天皇の父である「鵜草葺不合尊」になります。日向国に非常に縁のある御祭神であり、三方五湖のひとつに「日向湖」がある事から、此の地と日向国を結ぶ何かしらの”縁”があったと感じさせる神社です。

2024/12/31

常神社(福井県三方上中郡若狭町)延喜式内社

日本書紀において敦賀から長門に向けて海路で向かった「神功皇后」と途中船の上で食事をとっていた時、日本酒を海に撒くと、鯛が酔っぱらった様に口をパクパクとしながら浮かび上がってきたという伝説の場所が常神半島周辺の海だとされ、その半島の先端近くに鎮座し、神功皇后を主祭神として祀っている神社が「常神社」になります。

2024/12/31

伊邪那岐・伊邪那美|伊邪那岐命、黄泉の国を訪問する

伊邪那岐命、黄泉の国を訪問する  最愛の伊邪那美が亡くなる原因となった「火之加具土神」の頭部を十拳劔で切り落とすと、加具土神の地と体から次々と神が化成なされていきます。しかし、伊邪那美の事が忘れられない伊邪那岐は・・・・ 古事記を読む 於是欲相見其妹伊邪那美命。追往黃泉國。爾自殿騰戶。出向之時。伊邪那岐命。語。詔之愛我那邇妹命。吾與汝所作之國。未作竟。故可還。爾伊邪那美命答白。悔哉。不速來。吾者爲黃泉戶喫。然愛我那勢命。〈那勢二字以音。下效此。〉入來坐之事恐故。欲還。且與黃泉神相論。莫視我。如此白而還入其 ...

2025/2/9

伊邪那岐・伊邪那美|火神を斬る

火神を斬る  伊邪那美は、生まれた神により陰部を焼かれて、その傷が元で亡くなってしまいます。その原因となる「火之加具土神」と引き換えに伊邪那美の命を失う事を望んでいなかった伊邪那岐は、泣き崩れてしまいます。そして、伊邪那美の遺体は比婆山に埋葬されますが・・・。 古事記を読む 於是伊邪那岐命。拔所御佩之十拳劔斬其子迦具土神之頸。爾著其御刀前之血。走就湯津石村。所成神名石拆神。次根拆神。次石筒之男神。(三神。)次著御刀本血亦走就湯津石村。所成神名。甕速日神。次樋速日神。次建御雷之男神。亦名建布都神。(布都二字 ...

2024/12/31

伊邪那岐・伊邪那美|伊邪那美の死

伊邪那美の死  国造りを終え、次々を神生みを行っていた伊邪那岐・伊邪那美ですが火の神である「火之加具土命」の生んだ時、その火之加具土命の持つ火の力により伊邪那美の陰部が焼かれてしまい、この傷が元となり伊邪那美は亡くなってしまいます。 古事記を読む 故爾伊邪那岐命詔之「愛我那邇妹命乎那邇二字以音、下效此」謂「易子之一木乎」乃匍匐御枕方、匍匐御足方而哭時、於御淚所成神、坐香山之畝尾木本、名泣澤女神。故、其所神避之伊邪那美神者、葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也。 香山の畝尾の木本とは奈良県柏原市木之本町あたりとされ ...

2024/12/31

巻第九 気長足姫尊<神功皇后>|新羅王の降伏

新羅王の降伏  神功皇后率いる新羅征伐軍は、対馬を経由して朝鮮半島にあった新羅国への上陸を成功させます。船を背に乗せた大波が一気に新羅国の国半ばまで運んだと記されるほどの迅速な上陸戦だったのでしょう。この征伐軍を見て、新羅国の国王は敵わないと判断し、白旗をあげ自らの首に紐をくくった状態で神功皇后の前に参上しました。 日本書記を読む 因以、叩頭之曰、從今以後、長與乾坤、伏爲飼部。其不乾船柂、而春秋獻馬梳及馬鞭。復不煩海遠、以毎年貢男女之調。則重誓之曰、非東日更出西、且除阿利那禮河返以之逆流、及河石昇爲星辰、 ...

2024/12/31

常宮神社(福井県敦賀市常宮)延喜式内社

常宮神社は、常宮皇后がこの地から長門国に向けて出港した伝承からこの地に神功皇后、仲哀天皇を元々この地に鎮座していた天八百萬比咩神社に合祀した事が始まりとされています。そして、社宝として豊臣秀吉ゆかりの国宝となる朝鮮鐘が有名な神社でもあります。

2024/12/31

金ケ崎城(福井県敦賀市金ケ崎町)国指定史跡

福井県敦賀市にある「金ケ崎城」の紹介です。織田信長が窮地に陥ったとする金ケ崎城からの撤退戦の舞台として有名な城になります。現在城址には「金崎宮」が鎮座しています。

2024/12/31

尊良親王(後醍醐天皇第一皇子)

尊良親王とは?  明治時代に建立された「建武中興十五社」の一社で、福井県敦賀市にある金ケ崎城址に建立された「金崎宮」の御祭神として祀られたのが、南北朝時代に金ケ崎城にて北朝方と戦い、武運拙く破れ、自害された後醍醐天皇の第一皇子である「尊良親王」になります。 徳寺年間(1306-08年)、生誕? 嘉暦元年(1326年)、元服、中務卿に任ぜられる 元徳三年(1331年)、一品に任ぜられる。以降一品中務卿親王と呼ばれる。 元弘元年(1331年)八月、元弘の乱勃発 後醍醐天皇が京都を脱出し、三種の神器を持って笠置 ...

2024/12/31

金崎宮(福井県敦賀市金ヶ崎町)建武中興十五社、官幣中社

後醍醐天皇の皇子である「尊良親王」と「恒良親王」を御祭神とする建武中興十五社の一社として明治時代に金ケ崎城址に建立された神社です。

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自己紹介


管理人:成瀬 晃
職 業:(元)ドクターレザーおかざき店主

「みなさま、こんにちは!

縁あって2022年に生まれ育った愛知県岡崎市から三重県津市に引っ越しをした生まれたての三重県民です。引っ越しをした先でも趣味の社寺・史跡巡りを続けていきます!

「あっ!
もしよかったら、私の運営しているもう一つのホームページも覗いてやって下さい。」

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