
大物主神とは?
大物主神の伝承
国造りをはじめた大国主神は、海の向こうからやってきた「少彦名神」の助けを得て、まさに二人三脚で国造りを進めていったが、その後、少彦名神は常世国に渡ってしまいます。
一人となってしまった大国主神は、「私一人でどうして国造りができようか。次はどの神と共に国造りを進めていけばいいのだ。」と申すと、この時海を照らしながらやってくる神がいた。
その神は、「私の御魂を祭れば、私は協力してこの国造りを完成させよう。そうしなければ、この国造りは成功しないだろう。」と述べた。
これをきいた大国主神は、「それならば、祭祀の形はどうしたらよいでえしょうか。」と問うと、「私を倭国の青垣東山の上に身を清めて祀るがよい。」と答えた。
この神こそ御諸山の上に鎮座する神である。
大物主神と大国主神は同一なのか?
古事記では、大物主神と大国主神は別神であるとしていますが、日本書紀では、大己貴神の別称が大物主神であるとしており、大神神社の御神体である三輪山に鎮座している大物主神は大己貴神の和魂であるとするなど、大己貴命と大物主神は同一神であると記しています。
皇室の正統性を証する為に記されたとする「古事記」と日本初の史書として記された「日本書紀」では編纂しているヤマト朝廷の立ち位置がそれそれの記紀に現れていると思われます。天皇家の正統性を高める為、ヤマト朝廷が征服していった場所で祀っていた神々をも吸収していった古事記に対し、ヤマト朝廷の歴史書として征服した先の歴史はあくまでも一書という形で軽く触れているだけの日本書記では、出雲国の大国主神の扱いがそれぞれ異なってるということなんでしょう。
神々のデータ
| 神名 | 大物主神 |
| 神祇 | 国津神 |
| 別称 | 御諸山上坐神、美和之大物主神、倭大物主櫛甕魂命 |
| 親 | |
| 配偶 | 三穂津姫、活玉依比売、倭迹迹日百襲姫、勢夜陀多良比売 |
| 子 |
| 備考 |
大物主神を祀る神社
- 兵主神社
- 豊田市荒井町松島二九九番地一
延喜式内社 加茂郡 兵主神社
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兵主神社(愛知県豊田市荒井町)延喜式内社
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- 豊田市荒井町松島二九九番地一
まとめ
大国主命と同一神とするのか、別神とするのかで当サイトのまとめ方も大きく変わってくる大物主神になります。当サイトでは基本的に古事記をベースに記事を書いてい事から、一応この神々の伝承では別神として紹介記事を起こしていこうかと思います。