日本書紀を読む

巻第一神代 下|彦火火出見尊

2025年1月16日

日本書紀とは?

 養老四年(720年)に完成したとする日本最古の正史である「日本書紀」(やまとぶみ・にほんしょき)になります。ほぼ同時期に造られたという「古事記」と何かと対比されがちな傾向にあります。先にも述べましたが、「日本書紀」は正史として国内外に発信すべく造られた書であり、「古事記」は物語調でもあり国内に向けて天皇の正統性を発信する書であり、編纂目的は大きく異なっています。こうして異なった目的で編纂されたこともあり、古事記は物語調という事もあり非常に読みやすい書であるのに対し、日本書紀は年代を追って書く編年体を取っていて正直呼んでも面白くは・・・・。
 同時期に編纂されたこともあり、物語の冒頭から巻末までの範囲はほぼ同じなわけで、古事記と日本書紀を読み比べていくと飛鳥時代から奈良時代にかけての日本のあり様が見えてくるのではないでしょうか。

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第十段 彦火火出見尊

本文

火闌降命 自有海幸 〈幸 此云左知〉弟彦火火出見尊 自有山幸 始兄弟二人相謂曰 試欲易幸 遂相易之 各不得其利 兄悔之乃還弟弓箭 而乞己釣鈎 弟時既失兄鈎 無由訪覓 故別作新鈎與兄 兄不肯受而責其故鈎 弟患之 即以其横刀鍛作新鈎 盛一箕而與之 兄忿之曰 非我故鈎雖多不取 益復急責 故彦火火出見尊憂苦甚深 行吟海畔 時逢鹽土老翁 老翁問曰 何故在此愁乎 對以事之本末 老翁曰 勿復憂 吾當爲汝計之 乃作無目篭 内彦火火出見尊於篭中沈之干海 即自然有可怜小汀 〈可怜 此云干麻師 汀 此云波麻〉於是棄篭遊行 忽至海神之宮
其宮也雉堞整頓 臺宇玲瓏 門前有一井 井上有一湯津杜樹 枝葉扶疏 時火火出見尊就其樹下 徒倚彷徨 良久有一美人 排闥而出 遂以玉鋺來當汲水 因擧目視之 乃驚而還入 白其父母曰 有一希客者 在門前樹下 海神於是鋪設八重席延以薦内之 坐定。因問其來意 時彦火火出見尊對以情之委曲 海神乃集大小之魚逼問之 僉曰 不識唯赤女〈赤女 鯛魚名也〉比有口疾而不來 固召之探其口者 果得失鈎
已而彦火火出見尊因娶海神女豐玉姫 仍留住海宮 已經三年 彼處雖復安樂 猶有憶郷之情 故時復太息 豐玉姫聞之謂其父曰 天孫悽然數歎。蓋懷土之憂乎 海神乃延彦火火出見尊從容語曰 天孫若欲還郷者 吾當奉送。便授所得釣鈎。因誨之曰。以此鈎與汝兄時 則陰呼此鈎曰貧鈎。然後與之 復授潮滿瓊及潮涸瓊而誨之曰 漬潮滿瓊者則潮忽滿 以此沒溺汝兄 若兄悔而祈者 還漬潮涸瓊則潮自涸 以此救之 如此逼惱 則汝兄自伏
及將歸去 豐玉姫謂天孫曰 妾已娠矣 當產不久 妾必以風涛急峻之日出到海濱。請爲我作產室相待矣 彦火火出見尊已還宮一遵海神之教 時兄火闌降命既被厄困 乃自伏罪曰 從今以後 吾將爲汝俳優之民 請施恩活 於是隨其所乞遂赦之 其火闌降命 即吾田君小橋等之本祖也 後豐玉姫果如前期將其女弟玉依姫直冐風波來到海邊 逮臨產時請曰 妾產時幸勿以看之 天孫猶不能忍 竊往覘之 豐玉姫方產化爲龍 而甚慙之曰 如有不辱我者 則使海陸相通 永無隔絶 今既辱之 將何以結親昵之情乎 乃以草裹兒棄之海邊閉海途而徑去矣 故因以名兒曰波瀲武鸕鷀草葺不合尊 後久之彦火火出見尊崩 葬日向高屋山上陵 

  • 海幸・・海で諸々の魚を得る事。釣針と解釈される事もある。
  • 山幸・・山で諸々の獣を獲る事。弓矢と解釈される事もある
  • 無目籠・・目の無い竹籠。水が洩らない様に堅く編んだ籠
  • 雉堞・・「城のひめがき」の意
  • 湯津杜樹・・湯津は五百箇にて枝が繁っている意。杜樹は肉桂の樹
  • 彷徨・・さまよい歩く
  • 闥・・門の脇に設けられた潜り戸の事

現代語訳

兄の火闌降命は生まれ持った海幸があり、弟の彦火火出見尊は生まれ持った山幸があった。兄弟二人は「試しにお互いの幸(この場合はお互いの道具)を交換しよう。」と言って交換してみたがどちらとも獲物を獲る事が出来なかった。兄は悔やんで弟の弓矢を返して釣針を返してもらおうと求めたが、弟はこの時すでに釣針を失くしており、返す事が出来なかった。その為、別に新しい釣針を作って兄に渡したが受け取ってもらえず、元の釣針を求められた。弟は悩み、自らの刀を潰して新しい釣針を箕に山盛りになるほど作って兄に渡そうとしたが兄は受け取らず、「私が持っていた元々の釣針でなければ、代わりの釣針をいくら用意してきても受け取らない。」と、より一層釣針を返す様に求めた。彦火火出見尊は深く悩み、海辺を彷徨っていた。そんな時に塩土老翁と出会った。老翁が「何故にこんな所で思い悩んでいるのですか。」と尋ねたので、今まであった事を話した。すると老翁は「憂うことなはない。あなたの為に助力してあげましょう。」そう言うと、無目籠を作り、彦火火出見尊を籠の中に入れ海に沈めた。籠は自然と美しい浜にたどり着き、ここで籠を棄て進んでいくと直ぐに海神の宮にたどり着いた。

その宮はひめがきが綺麗に整えられ、御殿は光り輝いていた。門の前に枝が繁っている桂樹が一本あり、彦火火出見尊はその木の下にたどり着いて、なにをする訳でもなく、ただその木の周りをうろうろしていた。そんな時、一人の美しい女性が潜り戸を押し開いて出てきて綺麗な腕に水を汲もうとした時、ふと顔をあげると彦火火出見尊の事が目に入りました。驚いて宮殿に戻り父母に「お客様がいらっしゃっていて、桂の木の下におられます。」と伝えると、海神は筵を重ねて席を設けて、(彦火火出見尊を)招き入れて寛いで頂き、落ち着いたところで此処に来た理由を尋ねた。彦火火出見尊は事実を詳しく答えると、海神はすべての魚達を呼び寄せて問うた。皆は「存じ上げません。ただ赤女(真鯛)が口を怪我しており参っておりません。」と答えると、赤女を召し出して口の中を探ると、失った釣針が見つかった。

彦火火出見尊は海神の娘である豊玉姫を娶り、海宮に住んで三年が経過した。そこは心地よい場所であったが故郷を思う気持ちもあり、時よりひどく溜息をつくときがあった。それを聞いた豊玉姫は「天孫が寂しそうに深いため息をつく時が多く、故郷を思い出して辛い気持ちになっているのでは。」と海神に話した。海神は彦火火出見尊を招いて「もし国に帰りたいのならば私が送ってあげましょう。」とすでに見つけていた釣針を渡して「この釣針をあなたの兄に渡すときに、こっそりと「貧鉤(まぢち)」と言ってから渡して下さい。」そして、潮満瓊(しおみつだま)と潮涸瓊(しおひるだま)を授け、「潮満瓊を水に漬ければ潮がたちまち満ちて兄を溺れさせ、兄が悔いて助けを請うなら潮涸瓊を水に漬ければ潮は退いて兄を助ける事ができるでしょう。この様に責め悩ませれば、兄は自ら服従を申し出るでしょう。」と教えた。

そして彦火火出見尊が帰ろうとした時、豊玉姫は「私は懐妊しており、まもなく生まれます。必ず風波が強い日に海辺に行きますので、産屋を作ってお待ちになっていてください。」と申し上げた。彦火火出見尊は元の宮に戻り、海神の教えに従った。その結果兄である火闌降命は苦しみ平伏して「これから私は芸能の民となってあなたにお仕えします。どうか助けてほしい。」と言い、彦火火出見尊はその願いを受け入れ御許しになった。

その後、豊玉姫が海神の宮で告げたように、妹の玉依姫を連れて、波風に逆らう様に海辺にたどり着いた。出産が近づくと「私が産む時、どうか見ないでください。」とお願いしたが、天孫は我慢する事ができず、こっそり覗き見したところ、豊玉姫は産もうとして龍の姿に変わっていた。豊玉姫はとても恥て「私を辱めなければ海と陸は相通じていたのに、辱めをうけてしまってどうして親しい心を通じさせる事ができましょうか。」と言い、萱で子を包み海辺に置いて、海への道を閉じて去ってしまった。この事から、この子の名を彦波瀲武盧茲草葺不合尊と言う。
彦火火出見尊は崩御し、日向の高屋山の上の御陵に葬られました。

登場した神々

火闌降命
彦火火出見尊
塩土老翁
豊玉姫
海神
玉依姫
彦波瀲武盧茲草葺不合尊

まとめ

 日本書紀の本書部分の紹介となりますが、古事記と内容を比較すると無駄な装飾を省いた簡素的な内容となっていますが、兄弟間での末子相続のだった時代の苦悩を描いている部分になるのかなと思います。

古事記との比較

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 日本書紀を読んでいくにあったって、原文は漢文で書かれているので非常に読み込むのが困難なので、現代語訳されている本が一冊あると助かるかと思います。当サイトでは、戦前から日本書記の翻訳本として有名な岩波文庫の日本書記を非常に参考にさせて頂いています。

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