日本書紀を読む

巻第六 垂仁天皇|五人の妃

2025年5月25日

日本書紀とは?

 養老四年(720年)に完成したとする日本最古の正史である「日本書紀」(やまとぶみ・にほんしょき)になります。ほぼ同時期に造られたという「古事記」と何かと対比されがちな傾向にあります。先にも述べましたが、「日本書紀」は正史として国内外に発信すべく造られた書であり、「古事記」は物語調でもあり国内に向けて天皇の正統性を発信する書であり、編纂目的は大きく異なっています。こうして異なった目的で編纂されたこともあり、古事記は物語調という事もあり非常に読みやすい書であるのに対し、日本書紀は年代を追って書く編年体を取っていて正直呼んでも面白くは・・・・。
 同時期に編纂されたこともあり、物語の冒頭から巻末までの範囲はほぼ同じなわけで、古事記と日本書紀を読み比べていくと飛鳥時代から奈良時代にかけての日本のあり様が見えてくるのではないでしょうか。

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五人の妃

本文

十五年春二月乙卯朔甲子 喚丹波五女 納於掖庭 第一曰日葉酢媛 第二曰渟葉田瓊入媛 第三曰眞砥野媛 第四曰薊瓊入媛 第五曰竹野媛 秋八月壬午朔 立日葉酢媛命爲皇后 以皇后弟之三女爲妃 唯竹野媛者 因形姿醜 返於本土 則羞其見返葛野自墮輿而死之 故號其地謂墮國 今謂弟國訛也 皇后日葉酢媛命 生三男二女 第一曰五十瓊敷入彥命 第二曰大足彥尊 第三曰大中姬命 第四曰倭姬命 第五曰稚城瓊入彥命 妃渟葉田瓊入媛 生鐸石別命與膽香足姬命 次妃薊瓊入媛 生池速別命・稚淺津姬命

現代語訳

垂仁天皇十五年春の二月十日、丹波の五人の女性を召して後宮に入らせた。一人目を日葉酢媛ひばすひめ、二人目を淳葉田瓊入媛ぬはたにいりびめ、三人目を真砥野媛まとのひめ、四人目を薊瓊入媛あざみにいりびめ、五人目を竹野媛たけのひめという。

秋の八月一日、日葉酢媛を皇后とし、皇后の三人の妹は妃とした。しかし、竹野姫だけは不器量であったことから、里に返された。しかし、里に返される事を恥じ、葛野かずのにて自ら輿から落ちて亡くなってしまった。それでその土地の事を堕国おちくにという。今は弟国おとくにと訛っている。

皇后の日葉酢媛は三人の皇子と二人の皇女を産んだ。第一子を五十瓊敷入彦命いにしきいりびこのみことといい、第二子を大足彦命おおたらしひこのみことといい、第三子を大中姫命おおなかつひめのみことといい、第四子を倭姫命やまとひめのみことといい、第五子を稚城瓊入彦命わかきにいりびこのみことという。
妃の濘葉田瓊入媛は、鐸石別命と、胆香足姫命を産んだ。
次の妃の薊瓊入媛は、池速別命と、稚麻津媛命を産んだ。

登場した人々

  • 日葉酢媛
    • 記紀に登場。古事記では「氷羽州比売命・比婆須比売命」とする。
  • 淳葉田瓊入媛
    • 記紀に登場。古事記では「沼羽田之入毘売命」とする。
  • 真砥野媛
    • 記紀に登場。古事記では「真砥野比売命・円野比売命」とする。
  • 薊瓊入媛
    • 危機に登場。古事記では「阿邪美能伊理毘売命」とする。
  • 竹野姫
    • 日本書紀のみに登場。
  • 五十瓊敷入彦命
    • 記紀に登場。古事記では「印色入日子命」とする。
    • 垂仁天皇三十年、垂仁天皇より弟である大足彦命と共にに望むものを尋ねられた所、弓矢を所望した為、弓矢を与えられる。
    • 石上神社の神宝を管掌する。
  • 大足彦命
    • 記紀に登場。古事記では「大帯日子淤斯呂和気命」とする。
      • 垂仁天皇三十年、垂仁天皇より兄である五十瓊敷入彦と共に望むものを尋ねられた所、皇位を所望した為、垂仁天皇三十七年に皇太子となる。垂仁天皇が崩御された翌年に即位。(第十二代景行天皇)
  • 大中姫命
    • 日本書紀のみに登場。
    • 兄の五十瓊敷入彦命に石上神社の神宝の管掌を継ぐように言われるか、か弱い女性であることを理由に断り、物部十千根大連に管掌させる事とした。
  • 倭姫命
    • 記紀に登場。古事記では「倭比売命」とする。
    • 第十代垂仁天皇の皇女である豊鍬入姫命の跡を継ぎ、天照大御神を鎮まる場所を求め、神託により伊勢の国に皇大神宮を創建したとする。
  • 稚城瓊入彦命
    • 日本書紀に登場。
  • 鐸石別命
    • 記紀に登場。古事記では「石衝別王」とする。
  • 胆香足姫命
    • 日本書紀に登場。
  • 池速別命
    • 記紀に登場。古事記では「伊許婆夜和気命」とする。
  • 稚麻津媛命
    • 記紀に登場。古事記では「阿邪美都比売命」とする。

┳━  崇神天皇  ━━ 垂    仁    天     皇     
┃             ┣━ 誉津別命  ┃     ┏ 五十瓊敷入彦命
┃ 沙本之大闇見戸売 ┏ 狭穂姫       ┣━━━━━╋ 大足彦命(景行天皇)
┃    ┣━━━━━┻ 狭穂彦王      ┃     ┣ 大中姫命
┗━  彦坐王             ┏ 日葉酢媛   ┣ 倭姫命
     ┣━━━━━━ 丹波道主命  ┣ 淳葉田瓊入媛 ┗ 稚城瓊入彦命
  息長水依比売命      ┣━━━━╋ 真砥野媛
              妃不詳   ┣ 薊瓊入媛
                    ┗ 竹野姫

第十代崇神天皇と兄弟であるとする「彦坐王」の血統と垂仁天皇の血統が深くまじりあっている事が解って頂けるかと思います。ヤマト朝廷を研究している方達の中では、「王朝交代説」という説があって、第九代開化天皇までの王朝と第十代崇神天皇の間で王朝交代が発生したのではないかという研究もあるようです。確かに上記の系図を見ると、開化天皇ー彦坐王という旧王朝勢力と崇神天皇ー垂仁天皇という新王朝勢力の融合が行われていると見えなくもないですね。

まとめ

狭穂姫と狭穂彦王の謀叛の際、「後宮の事は丹波道主の五人の娘にさせて下さい。」と述べている様に、謀叛の動乱から十一年後に五人の娘が丹波より召されています。内一人は不器量という事ですぐに国に戻されている訳ですが、記紀には容姿で優劣をつけてしまう今では間違いなくモラハラ?と言われてしまう内容が何ヶ所か書かれていますね。

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 日本書紀を読んでいくにあったって、原文は漢文で書かれているので非常に読み込むのが困難なので、現代語訳されている本が一冊あると助かるかと思います。当サイトでは、戦前から日本書記の翻訳本として有名な岩波文庫の日本書記を非常に参考にさせて頂いています。

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