古事記を読む

天の宇受売命と猿田毘古神|天孫日子番能邇邇芸命

2021年12月25日

天の宇受売命と猿田毘古神

 天孫瓊瓊杵尊は、天照大御神より鏡、勾玉、剣(三種の神器)を授けられ、従者を従えて高天原から豊葦原、筑紫日向高千穂後に降り立ち、ここに宮殿を建てる事にします。

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故爾詔天宇受賣命。此立御前所仕奉。猿田毘古大神者。專所顯申之汝。送奉。亦其神御名者。汝負仕奉。是以猿女君等。負其猿田毘古之男神名而。女呼猿女君之事是也。

故其猿田毘古神。坐阿邪訶〈此三字以音。地名。〉時。爲漁而。於比良夫貝。〈自比至夫以音。〉其手見咋合而。沈溺海鹽。故其沈居底之時名。謂底度久御魂。〈度久二字以音。〉其海水之都夫多都時名。謂都夫多都御魂。〈自都下四字以音。〉其阿和佐久時名。謂阿和佐久御魂。〈自阿至久以音。〉

於是送猿田毘古神而。還到。乃悉追聚鰭廣物鰭狹物以。問言汝者天神御子仕奉耶之時。諸魚。皆仕奉白之中。海鼠不白。爾天宇受賣命。謂海鼠。云此口乎。不答之口而。以紐小刀。拆其口。故於今海鼠口拆也。是以御世。嶋之速贄獻之時。給猿女君等也。

  • 阿耶訶は現在の三重県松坂市にある「大阿坂、小阿坂」周辺か
  • 鰭廣物鰭狹物とは、鰭は魚を、広物は大きいと、狭物は小さいとそれぞれ意味し「大小の魚」という意になる。
  • 紐小刀とは、紐のついた小刀であり「懐中刀」の事

現代語訳

 そして、邇邇芸命は天之宇受売命を招き、「私の降臨の先導役として奉仕してくれた猿田毘古神を一番最初にその名前を訪ねたそなたが送り届けなさい。そして、その名をそなたが譲り受け今後も仕えなさい。」と仰せになられた。この仰せに従い、猿女の君等は猿田毘古神という男神の名を頂いて、女性を「なになにの君」と呼ぶのはこれが理由である。

 そして、猿田毘古神が阿耶訶に坐していた時、素潜りで漁をしていると「ひらぶ貝」に手を挟まれて、溺れてしまった。猿田毘古神が海底に沈んだときの名を底度久御魂そこどくのみたま、つぶつぶと泡だつときの名を都夫多都御魂つぶたつのみたまといい、その泡がはじけたときの名を阿和佐久御魂あわさくのみたまという。

 ここに、天之宇受売命は猿田毘古神を送り届け戻ってくると、すぐに大小の魚を集め「お前たちは邇邇芸命にお仕え申すか。」と尋ねた。魚たちは一同に「お仕えいたします。」と答える中、海鼠だけは答えなかった。そこで天之宇受命は海鼠に対し「返答しない口はこれか。」と言うと紐小刀でその口を切り裂いた。だから、現在でも海鼠の口は避けているのである。こうして、代々志摩国より初物が献上される時は猿女君等に与えられるのである。

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今回登場した神々

日子番能邇邇芸命ひこほのににぎのみこと天津神
天宇受売命あめのうずめのみこと天津神
猿田毘古神さるたびこのかみ国津神

まとめ

 高天原から高千穂まで先導として天孫邇邇芸命一向を導いてきた猿田毘古神を天宇受売命に命じて鎮座する場所に送る様に命じ、さらにその名を負う事を命じています。途中、唐突に猿田毘古神が海で溺れてしまう話が挿入されていますが、天宇受売命は猿田毘古神を鎮座地まで送り届けると直ぐに邇邇芸命が坐す高千穂に戻っています。

天宇受売命と猿田毘古神は結婚したのか?

 天之宇受命と猿田毘古神は結婚したと聞いた事がある方も多いかと思いますが、実は古事記を読んでいく中では、両者が結婚したという記述は全くありません。

  • 高千穂まで先導してくれた猿田毘古神を鎮座地まで天之宇受命に送る様に命じられた。
  • 猿田毘古神の名を譲り受けて「猿女の君」と代々呼ばれるようになった。
  • 猿田毘古神を送り届けると天之宇受命は邇邇芸命の元に戻った。

この中で、「名を譲り受けて「猿女の君」を呼ばれるようになった。」という事から結婚して名を譲り受けたのでは?とも思えそうですが、これは邇邇芸命が天之宇受命に足して命じている会話の中で登場している事から、「これから猿田毘古神の名を受け継いで、そなたの子孫代々「猿女の君」と呼ぶことにする。」と命じられて名を負っただけで結婚して名を譲り受けた訳ではなさそです。

という事で、古事記では天之宇受命と猿田毘古神は結婚したのか?という問いに対して、「していない。」という答えになるかと思います。

 まさに、突然猿田毘古神が海で貝に手を挟まれて溺れてしまうという伝承が差し込まれていますが、この時、底度久御魂、都夫多都御魂、阿和佐久御魂という三御魂が登場しています。この御魂をそれぞれ一柱の神ととらえるのか、猿田毘古神の御魂として猿田毘古神の別称ととらえるのか、どちらで考えた方がいいんでしょうか。ただ、三重県松坂市に鎮座する「阿射加神社」の御祭神は現在は猿田毘古神となっていますが、その昔は、底度久御魂、都夫多都御魂、阿和佐久御魂が御祭神となっていて延喜式神名帳にも「阿射加神社三坐」記されている事から、それぞれ一柱の神格を有していると考えられている様です。

 最後は、天宇受売命が魚を集めて邇邇芸命に仕えるかと尋ね、答えなかった海鼠の口を切り裂いたという逸話が載っています。志摩国の献上品は海に纏わる物が多かったとされ、この献上品が猿女の君等に分け与えられていた理由が記載されているのでしょう。ただ、これだけの記述では海鼠の口を切り開いた理由がまったくわかりません・・・。その真意は何だったのでしょうか。 

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